これに対してある患者さんからの心のこもった便りがあったので紹介したい
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私は愚按亭主様が講義録で事実として挙げておられている嚢胞腎の患者です。
嚢胞腎とは、糖尿病ほどにはあまりなじみのない病気かと思われますが、正式には多発性嚢胞腎(Polycystic Kidney)と言い、主として腎臓に嚢胞が無数に生じる、遺伝性疾患とされています。
現代の西洋医療では遺伝病とされ、人によって異なりますが、年齢が経過するに従って腎組織に嚢胞が多発し、大きくなり、組織が潰れていきます。腎機能も低下していき、治癒することはないとされています。
治療法もなく、人工透析で延命をはかる以外に、医者には打つ手がありません。
私も9年ほど前から人工透析が導入されています。医者はどうせ治らないというので、透析中に事故が起こらないようにということと、付随して生じる高血圧症状などの症候群を投薬で抑える程度のことしかやりません。
最良の医師でも、現状維持(病状が悪化しないよう)のために食事を含めてどんな生活をしたらよいかを指導してくれるだけです。
私は人工透析を受けるようになるはるか以前に、ある新聞記者に自分の病気のことを話したことがあり、その記者から医学界では遺伝病と言われることがあるが、遺伝病などというものはないと主張している医師もいるのだと言われました。
現代の医者は、例えば嚢胞腎もそうですが、親と子、兄弟、親族などが同じ病気になると、これはきっと病気が遺伝したのだと短絡的に捉えてしまうようです。しかしそれは錯覚ではないかというのです。
また、病気が治らないということも本来はないはずだともその記者が言っていました。足が壊疽で切除されて無いという場合は、今の医療では足が再生されることはないでしょうが、人間が生きている証である代謝があるのなら、細胞は再生産されるのである。だから君の嚢胞腎にしても不治の病だと諦めることはないと思う、と言ってくれたのでした。
この定説とはかなり違う「学説」をもし信じるなら、私には線香にともった灯ほどのかすかな希望が湧くことになるのですが、いかんせん素人にはなんとも判断できかねました。
またそれが正しいとしても、嚢胞腎を治してくれようという治療を行ってくれる医療機関があるわけではないので、途方に暮れるほかなかったのです。もしかしたら東洋医学でなら…と思わないではなかったのですが、私の親族も同じ嚢胞腎で苦しみながら、鍼灸治療を受けた者もいましたが、結局治ることなどなかったのです。
嚢胞腎は先にも言いましたように、糖尿病ほどメジャーな病気ではないため、糖尿病のようにこうしたら治るとか、調子が良くなるとか、そんな情報がからきしないのです。
そんなおり、偶然のことで愚按亭主様と知遇を得て、1年ほど前から天寿堂にて治療を受ける僥倖をいただきました。
健康腺療法ならどんな難病も治せると言われ、まさに藁にもすがる思いで通わせていただくこととなりました。
施術は激痛を伴うものでしたが、一度として「やめたい」と思ったことはありません。いったん信頼を寄せたのだから、地の果てまで…と決意したからです。嚢胞腎そのものが劇的に快癒していく実感はあるのではありませんが、愚按亭主様が施術中に「痛いほど良く効く」とおっしゃるとおりに、部分的な感覚として経絡なりツボなりに激痛のあとには効いているという実感は見事にあったのです。
しかしなにしろ嚢胞腎の腎臓がもとの健康体に戻ったという事例は、世界中にないのですから、これは『恩讐の彼方に』の了海が鑿と鎚で挑んだ「青の洞門」を掘った事業にも匹敵するような“無謀”な挑戦であったろうと思いました。
世界中の医者が、不治の病と烙印を捺しているものを治してみせようというのです。この世界初の偉業=奇跡に挑もうとする愚按亭主様の前で、居ずまいを正さざるを得ないではありませんか。嚢胞腎を治すとともに、私の体を実験台として健康腺療法の発展を目指す、この両方の偉業に不肖私が関わるという歓びを人様にどう説明できましょうか。
「健康腺談義」のほうには「(施術が)非常に痛いのでギャアギャア叫ばれる」という方もおられるようですが、私は一度たりとも叫んだり喚いたりしたことはありません。男だから忍耐は当たり前ですが、この偉業に挑む愚按亭主様ではしたない姿はさらけだせないのです。
そしてついに、「健康腺療法が完璧になって人類の文化遺産としてふさわしいもの」として完成し、その第一号の施術患者にしていただいたことに感激した次第です。身に余る光栄とはこういう場合につかう言葉なのでしょう。
あとは真に嚢胞腎を完治させるべく、健康腺にだけ頼ることなく、私自身も自努力を励み、いずれの日にか「おかげさまで完治しました」と胸を張って報告できるようにしたいと存じます。
史上不可能とされている病気を完治させることで、南郷学派の生命史観や弁証法の正しさを証明していただき、それが本当の学問を揶揄もしくは冷笑する口さがない連中を黙らせることにもなろうかと期待しております。
予想通り心ない批判が寄せられたので、それに対する反論の中で、これまでの治療の中間総括が行われているので、次にそれを紹介しよう!
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私は生命史観を土台として独自の経絡論を創り上げ、それを「医道の日本」誌にそれぞれ「もう一つの経絡論」として約10回にわたって連載して発表し、その数年後に再び「生命史観的経絡論序説」と題して11回連載した。その中で、経絡の実体としてのスジのネットワーク論を展開したが、これはまったくの私の独創であり、現在に至るもそれを説いているのは私一人だけである。
その生命史観的経絡論およびスジのネットワーク論から、この多発性?胞腎は、本来細胞の代謝をサポートすべきスジのネットワークが何らかの原因で阻害する反対物に転化してしまって、細胞の代謝産物いわゆるゴミが充満してしまった結果、その応急処置としてゴミを入れるための袋である?胞があちこちに創られて発症するのだという私独自の見立てを話し、そのスジのネットワークを良くすれば治る可能性があると思う、と説明した。
こういう説明は初めて聞いたと私の説明に納得して貰って、治療を開始したのである。初めて腹診したときに私はビックリ仰天した。左右の肋骨弓の下の上腹部、ここは背中側にある腎臓のある位置のちょうど腹部側にあたる部分に相当するのであるが、ここに腸を取り囲むようにスジが石灰化して硬くなってブロック塀のように硬い塊がいくつもできていたからである。これは私の見立ての正しさを証明するものであったが、このような状態の腹部は初めてであったので、ここまで酷いとはこれは最早人間の腹部ではないな、というほどであったのでビックリ仰天したのである。
治療を開始して、初めのうちは健康腺の治療で、体調がぐんぐん良くなり、血液検査の値も良くなっていった。そのうち腹診の異常を取っていくと最後には必ず心点の異常が残ることが分かり、如何に心点の異常を取るかがポイントになっていった。ところが、この心点の異常の原因が毎回違うので、前回ここをやって取れたから、ここをやれば取れるはずだというのが全く通用しない状況であった。それで毎回苦労することになったのであるが、この苦労が私の治療の実力を磨いてくれたと思う。加えてこの変化する事実に柔軟に対応して問題の解決を図るという実践が私自身の弁証法的なアタマの働かせ方を鍛えてくれたと思う。何故なら、弁証法は変化を扱う学問であるからである。
こういう治療をしばらく続けていたある時の明け方、右の中指、東洋医学では心包経(心臓を包む膜に連なる経絡)が走っているところであるが、ここが異様に腫れて痛み出し、つづいて舌の裏側の静脈が集まっている部分から黒くどろっとした血糊様の血液の出血(鼻血ならぬ舌血)があった。ところが、この現象は一回だけでなくこの時期数回見られた現象であった。
※書き落としたところがあるので後からの補足説明である。東洋医学の陰陽五行論では心と舌は同属に属し、密接な関係にあると見るが、この現象はそれを見事に証明するものであった。
これは東洋医学の言うところの?血の自発的な排出現象で、自らの力で治っていく働きが作動しはじめたことを意味するものであった。それ故、これからぐんぐん良くなっていくのではという期待が高まったのであるが、現実はそう甘くはなかった。むしろ、ある限界に達したようで、血液検査の値もある一定のところから前進せず小康状態を保ったままであり、腹部のブロック様の硬結も相変わらずであった。
この頃から、この膠着状態を打開するために積極的に鍼やお灸を使い始めたのである。ところが、思ったほどの効果が得られずに一年を過ぎた頃、これまで避けてきたブロック塀様の硬結に直接鍼を刺すことを思い切って実行した。これには相当の激痛が走ったようであった。これを2〜3回実行すると常時腹痛が出るようになりかなり消耗した様子であった。病院の血液検査してみるとやはり炎症反応が出ていた。
この硬結に直接鍼を刺すと、一時的に硬結が消えたかのように現象するものの、しばらくするとまた出てくるという状態であった。ただ、これは一つのキッカケとなったことはたしかであり、ブロック塀様の硬結が変化しはじめるキッカケとなったとは思う。しかし、これを続行することは患者に非常に負担になるのでできるだけ負担にならないような方法を考え出し置き鍼の形でやる方法に切り替えたころ、ある偶然から従来の健康腺療法を改良した新健康腺療法を考案しだし、それを治療に応用しはじめたのである。
そして、ある程度の感触を得てから、これからはこの新健康腺療法一本でやろうと決断し、実行しはじめた。すると、これまでより治療時間が短くなったのにもかかわらず、その効果はこれまでと遜色なく、否、むしろ硬結とそのまわりの腹部の状態が良いのではないかと思われるようになってきたのである。硬い硬結が、徐々に柔軟性を帯びた硬結に変化してきたのである。それとともに周りの腹部の状態もより柔軟性を帯びた状態に変化してきたのである。
お小水も、これまでは一日数回ある排便のうちの初回にだけ少し出る程度であったのが、確実に毎回少しだけであるが出るようになってきたという。
そして何より、新健康腺療法の治療の後の一両日の間、猛烈に眠くなる現象が見られるようになったことは、これまでなかったことであり、これは身体を本格的に治そうとするときには意識は邪魔になるので眠らせようとする現象であると思われるので、非常に良い兆候であると思う。
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